研究概要 |
1.漢文に翻訳されたインド仏教文献を調査する過程で,『尊婆須蜜菩薩所集論』に『雑阿含経』やその他の阿含経(初期インド仏教聖典)の偈文(詩)が多数引用され,各偈に解説を施した「解説つき偈文選集」とでもいうべきものをその末尾の章が形成していることに着目して,この『尊婆須蜜菩薩所集論』の末尾章の徹底的な研究を行なった。これまで,学界において本テキストは,ほとんど注目されることもなく,そこに引用されている阿含経典の偈文も,そのごく一部が同定されたのみで,全く研究対象とはなっていなかったに等しかった。今回,まず,引用されている全偈文の同定のため,インド仏教の諸文献を調査し,大部分それに成功した。その過程で,『雑阿含経』に対応する引用箇所も,新たに多数発見し,『雑阿含経』の研究に有用な資料が得られた。その副産物として,『尊婆須蜜菩薩所集論』に引用される阿含経典の偈文とパーリ経典の対応部を細かく検討する中で,両者の差異の多くは,音韻変化による所が大きく,また,本テキストの引用偈の解説部分により本来の伝承が残り,引用部そのものは伝承過程で変容してしまった部分が多いことも明らかになった。また,思想史的にも,tathagata(如来)や,namakaya(名身)の語の原意を明かす資料が本テキストの引用偈の中に見い出された。 2.中央アジア出土のサンスクリット写本の調査の過程で,今までサンスクリット写本の存在が報告されていなかったアビダルマ文献の断片を発見し,目下,正確な同定に取り組んでいる。
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