本研究で得られた最も大きな成果は、手段的協力行動の目標であるジレンマ構造の変革を、これまでのようにたんに「非協力の誘因」を減少させるというかたちで考えるのではなく、N人囚人のジレンマからN人信頼ゲームへの利得構造の変革として見ることの重要性が明らかにされた点にある。すなわち、本研究で行われた一連の実験研究およびシミュレーション研究によって、囚人のジレンマ・ネットワークの形成、反復社会的ジレンマ状況における成員による戦略の選択、規範(すなわち他成員の選択に対する自発的規制行動)の生成における連動戦略の選択等、これまでの構造的目標期待理論の枠外で考えられていたいくつかのジレンマ解決の方法が、すべて囚人のジレンマから信頼ゲームへの利得構造の変革をともなうものであることが明らかにされた。同時に、構造的目標期待理論のもととなったPruittとKimmelの目標期待理論そのものが、囚人のジレンマから信頼ゲームへの主観的な構造変革を前提とするものであることも明らかにされている。構造的目標期待理論を含めこれまで手段的協力行動の研究においては、2次的ジレンマ問題をどのように解決するかがネックになっていたが、このように、手段的協力行動によりジレンマそのものの解消を目指すのではなく、信頼ゲームの構造への変革を目指すと考えれば、2次的ジレンマ問題は回避されることになる。この点が明らかにされることにより、社会的ジレンマ研究における新たな理論的発展が今後可能となるものと考えられる。
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