研究概要 |
単語認知過程の理解にとって表記の違いがその認知過程に差をもたらすのか否かということも重要な問題である。日本語では音節的表記である「かな」と語標的表記である「漢字」が使用されるので、この問題を明らかにするために都合が良い。従来、この点について取り組んだ研究から、漢字表記語は音韻的再符号化を経ずに直接意味情報に接近でき、より速い意味処理が可能だとされてきた。その結果、意味課題では漢字表記語の成績が、かな表記のそれにすぐれ、他方命名課題ではその逆の結果が現われるとされてきた。本研究ではこれを単語認知における表記差効果と称し、平成3,4年度の2年にわたってその生起機序を明らかにするための取り組みを行なってきた。その結果、表記差効果を生起させているのは従来言われていた両表記語間に音韻的再符号化の介在の有無があるからではなく、日本語の音韻特性に起因する同音異義語の多さ、換言すれば、意味的あいまいさに依ることが示唆された。本年度は、ローマ字表記語をマスキング及びプライミング刺激として使用した意味判断及び命名課題を用いた実験を4つ実施した。その結果、ターゲット刺激に先行あるいは直後に音韻情報の手がかりになるローマ字綴り語を与えても、意味判断そのものにおける表記差効果は影響を受けないことが示された。これは、漢字とかなの間に認められた認知成績の違いが、音韻的再符号化の介在の有無によるのではなく、同音異義語の存在による意味的あいまいさが主たる理由であるとする解釈を支持するものであった。
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