日本語の単語認知に関するこれまでの研究は、単語を表記する文字のタイプと単語の処理課題のタイプの間に交互作用が見られることを示してきた(表記差効果)。すなわち、読み上げのような音韻性の課題では、表音文字であるかなで書かれた単語の反応時間が、表語文字である漢字で書かれた単語の反応時間に比べて有意に速くなり、他方、範疇化課題のような意味性の課題ではそれが逆になると言うのである。この理由として、従来主張されてきたのは、各表記語の語彙接近過程において、音韻的符号化介在の必要性に違いがあるということであった。すなわち、かな表記語では、必ず音韻的符号化を経て語彙接近がおこるのに対して、漢字表記語では、音韻的符号化無しに語彙接近が可能であることを反映する結果だと解釈されてきたのである。しかし、他方では、日本語の特色である同音異義語の多さに起因する意味符号の特定性における両表記語の違いを反映していると解釈できる結果もある。本研究は、語彙接近過程での音韻符号化の必要性の非対称性が、単語の意味処理課題における表記差効果を説明するのに真に妥当であるのか否かを一連の8つの実験を通して検討することにした。その結果、まず意味処理課題での漢字表記語のかな表記語への優位性は、それが多義語である場合にのみ見られることが示された。また、この表記差効果も意味を特定するための文脈情報を事前に与えることで消失する事が示された。さらに音韻的符号化を妨害すると考えられる課題を同時に行わせても、意味処理課題に見られる表記差効果そのものには影響が無かった。これらの結果は、意味処理課題での表記差効果が、音韻的符号化の介在の有無で説明するよりも、意味的符号の操作における両表記語の違いという観点からの方がうまく説明できることを示していた。
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