日本の戦後の社会制度、とりわけ家族制度の改革、さらには高度経済成長を迎え、家族を取り巻く環境は大きく変容し、その帰結として先祖祭祀は衰退の歩みをたどるものと想定されていた。ところが、それを可視的に表すものとしての仏壇、墓の保持率、さらにそこでの祭祀実修率などは、1960年代の予想を裏切り、減少傾向をもたらさなかった。こうした現実に直面して、人類学的在り方ではなく、社会学の領域から新たな先祖祭祀をとらえる視角が提示されていった。そのひとつとして孝本は「先祖とは自己を、時系列的に過去の他者とのかかわりで社会的に根拠づけ、自己のアイデンティティの精神的根拠を先祖とのかかわりで求めるものと観念されるものである。」と位置づけた。この研究ではこうした仮説に基づき、先祖祭祀文化圏ともとらえることができうる、環中国海の諸社会における先祖祭祀の現在的位相を比較の視点から考えてみたいために、在日韓国・朝鮮人社会における先祖祭祀の実態把握を試みた。 今回の考察は、朝鮮社会の父系親族集団のひとつで、韓国において8番目に大きい規模にランクされている光山金氏の大阪での親族会(在日光山金氏親族会)の専用霊園の墓碑調査と親族会会員世帯調査を試みた。その結果、先祖祭祀が親族会連帯の基礎になっているとともに、朝鮮民族であるというアイデンティティを再確認させるものになっていることが実証された。しかし、在日コリアンの社会的状況として本国との緊密な交流を保持している階層と、そうでない階層によって日本社会への同化の相違があり、それが墓地祭祀に表出していることが判明した。
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