研究概要 |
本研究は、フレ-ベル(F.W.Frobel,1782ー1852)が1840年6月28日、全ドイツでグ-テンベルク印刷術発明四百年祭が催される日を特に選んで、その生ける記念碑として、バ-ド・ブランケンブルクに「一般ドイツ幼稚園」を創設しようとするに至る過程及びその実態(本質)を,未刊行資料の収集、解読によって解明するものである。 全体的にフレ-ベルの刊行された資料は極めて部分的なもので、幼稚園の成立過程に関する文献も限定されたものであった。今回収集する文献、資料は、バ-ド・ブランケンブルク、フレ-ベル・アルヒ-フ[BLM]を中心に、ベルリンプロイセン文化財団、国立図書館手稿[KN]の関係文書を、ドイツ・ドウィスブルク大学付設の「フレ-ベルアルヒ-フ」の協力を得ておこない、解明するものである。 わが国でこのテ-マに関する収集可能な資料としては、J・プリュ-ファ-(J.Prufer)の学位論文“1836ー1842年へのFr.フレ-ベルの教育学的諸努力"(Die padagogische Bestrebungen Friedlich Frobels in Jahren 183りー1842.In:Mitt.d.Ges.f.dtsch.Erz.u.Schulーgesch.XIX.2.1909,s.s.13ー188)及びフリィデリケ・シュミット夫人宛のフレ-ベルの直筆書簡(Frobel an Friederike Schmidt in Gera v.5.6.1840,Blankenburg,IB8^03s.)ーーーいずれも広島大学教育学部所蔵ーがあるが、本年は両資料の解読から、フレ-ベルの多様な、かつ重層的な教育実践(諸施設の創設と「遊具」の考案、開発、宣伝、販売等の具体的(普及)活動の全体)、思想(ヘルバ・プラン、ブルクドルフ・プランの諸構想、及び「新しい年1836年は生命の革新を要求する」等の論文)から力動的に幼稚園成立過程を中間発表の形で発表した。収集し解読した資料は次年度に併せて発表する。
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