研究概要 |
「分牌祭祀」とは、親の死に際して,父親の葬式を長男(本家)が,母親の葬式を次男(分家)が分担して営み,以後両親の位牌を本家と分家に分けて年忌や盆などの祭りを別々におこなう慣行である。この慣行は西南日本の各地の濃く分布しており,平成3年度に長崎県五島列島・鹿児島県甑島などの調査をおこなった。これを受けて,本年度は鹿児島県屋久島で現地調査を実施した。この屋久島も昭和30年代から島を離れて都会に出る者が激増し,分牌祭祀のように元来長男と次男,本家と分家というように,複数の男子と家を前堤とする民俗では旧慣を維持し難くなっているものと予想された。はたせるかな,昭10年代の調査では盛んといわれたのに,現在は各集落ともに衰退がいちじるしく,中には廃滅したといえる個所も生じていた。しかし,たいていの集落では全く廃滅したのではなく,たとい中間的な方式であろうとも,慣行の一部をとどめようとする意識がうかがわれた。慣行の保持に打撃を与えたと思われる現象に,昭和50年代以後,各集落において基地整理をおこない,同時に火葬に転換したこと,また位牌祭祀の方式に東日本における「位牌分け」に似た「一人複祭祀」が出現したことが挙げられる。位牌は,この島でも一本立ち型(単立型)が主体であったのに,繰り出し位牌が流行してきた。この型の位牌では,内部に収める位牌礼を容易に作れるので、何枚もの札を作って本分家に分け,分牌祭祀の原則である「一人一祭祀」をやめ,亡くなった両親を両家でともに祭る方式に改められたのである。ただし,慣行の衰退は各集落で一律に起こっているわけではない。本年度の調査で,この慣行の存在がはじめて確認された上屋久町吉田では,なお伝承をよくとどめ,事例としてもしばしば発現するという。この地の農家はポンカンなどの柑橘栽培によって高所得を挙げ,慣行を支える経済的基盤をなお保持しているものと観察された。
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