研究概要 |
平成3年5月〜9月の5ヶ月間,文部省内地研究員として東京大学史料編簒所で研究に従事した。その間,同所の書庫内において,多くの未刊行史料を蒐集し,一定の成果をあげることができた。とりわけ、戦前に採訪が行われたものの,影写本などに収められず,台紙付写真の形で残されたものは,学界に紹介されないままになっている。それに基いて『豊臣秀吉文書日録』(昭和61・62年度科研費・研究成果報告の一部として作成した)の補訂を行い,整理・分析を行った。奉行人クラスの発給文書についても,これと併行して蒐集作業をすすめているが,整理作業は次年度の課題としている。主要な成果は次の通りである。 (1)古文書学的に検討されて来なかった「陣立書」を網羅的に集め,それの成立が,天正12年(1584)の小牧・長久手の戦いであることを証明し,この戦いのもつ歴史的性格の一面を明かにしえた。 (2)これと関連して,従来はその前年の北伊勢の戦いと混同されていた史実について,『大日本史料』11編などの既刊史料による年代比定の誤りをただすことができ,信長政権の継承をめぐって戦わされた一連の合戦についての政治史的な意義づけを明確にすることができた。 (3)秀吉の朝鮮出兵に関する史料のうち,第二次出兵(慶長の役)に関する文書を新発見し,これによって全容の把握に見通しをつけることができた。韓国人学者との共同研究の準備を目下すすめている。 (4)秀吉が発給した文書に添状をつけた武将を時期別・対象別等々に分析・整理し,これを通じて,豊臣政権を支えた吏僚組織の全容を明かにするとともに,段階的な性格の変化をも跡づけることができた。 (5)豊臣政権の究極的な政権構想を,織田政権のそれを念頭におきつつ分析し,天正20年(1592)に示された。「三国国割計画」のもつ意味について,国際的視野から検討し,一定の見通しが得られた。
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