研究概要 |
「時間の次元における文明の出合い」という発想は,時間観念から史学思想を再検討する際の重要な論点を形成するものであるが,この発想の萌芽的形態は,ドイツの歴史学者カール・ランプレヒトにみられ,ランプレヒトとは独立に,イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビーによって本格的に発展せしめられ,彼のルネサンス論の中心命題となった。彼は,完全に成功したルネサンスは,創造的な文化活動を窒息させると考え,ヨーロッパ文明がルネサンスを克服する上で「古代・近代論争」と,そこでの近代派の勝利が決定的役割を果たしたと断定する。三宅の論文「20世紀の歴史記述と時間意識-進歩の観念と『古代・近代論争』は,この問題をめぐる,トインビー,アメリカの歴史社会学者ロバート・ニスベット,ドイツの歴史学者ヴェルナー・ベルトールト等の見解を検討している。フランスの歴史学者フェルナン・ブローデルにおいては,ランプレヒトやトインビーの思想のなかではまだ周辺的位置にとどまった時間観念が,その史学思想の核心を形成している。三宅の論文「時間観念からみた現代ヨーロッパ史学思想の再検討-ランプレヒト,トインビー,ブローデル」は,三者の時間観念を詳論するとともに,特にブローデルにみられる3時間の三層構造を,ドイツ軍の捕虜収容所での彼の体験にさかのぼって,批判的に論述している。ブローデルの時間観念を追求する上での手がかりになるのは,フランスの哲学者ポール・リクールの『時間と物語』全3巻のうちの第1巻である。リクールも指摘しているように,ブローデルの時間観念は,歴史の認識論からみれば素朴に過ぎる。三宅の論文は,リクールのほかに,ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルの歴史認識論を援用して,この素朴さを批判している。ブローデルの時間観念にみられるのは,ジンメルのいう「歴史的リアリズム」である。他方で三宅論文は彼の独創性を十分評価する。
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