平成4年度は、本研究課題による研究の第二年次として、秋成の自筆資料の内、書冊の形態をとらない自筆の書簡・歌文稿・短冊等の調査を行なった。またそれらの自筆資料の筆跡との照合の必要上、秋成の自筆を模刻した自筆版下本の調査も併せて行なった。その結果、以下の知見を得た。 1.秋成の種々の号のうち、自筆懐紙・自筆短冊では「無腸」の号が最も多く用いられ、過半を占めることを明らかにした。ついで「餘斎」「秋翁」の順で多く、逆に少ない号としては、「損得叟」「鶉翁」「俳奴無名氏」「無眼鏡」「二苦翁」等がある。 2.書簡については、筆跡・筆致の類似から、従来不明であった差し出し年月をかなり明らかにできた。(谷川家蔵書簡集・早稲田大学蔵実法院宛て書簡集などに含まれる書簡) 3.従来整理されていなかった花押を、形態から六種に分類し、花押の由来と、大体の時期的な変遷を把握した。「也」字に基づくと考えられていた花押が、「秋成」の「成」字のくずしを花押化したものであることを明らかにした。 4.筆跡の時期的変遷については、寛政末年(六十代後半)に縦の線のやや太い直線的な文字が書かれ、享和・文化初年(七十前後)には丸みを帯びたいわゆる秋成風の手となり、晩年の文化五・六年(七十五・六歳)には、特殊な筆を用いることもあって、かなり奔放な筆致になっていることを確認した。ただし、五十歳台までに書かれた筆跡が少ないために、壮年期までの筆跡の変遷はいまだ明瞭にし得ない。
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