ベン・ジョンソンのヒューマニズムを再評価する本研究の締めくくりに当る今年度は、平成3年度の芸術関係の資料、平成4年度の政治史、宗教史、科学史、風俗史の資料に続き、思想史関係の文献を収集し、その結果、口頭発表4件、雑誌論文2点に加えて、学位論文「ベン・ジョンソンとセルバンテス--騎士道物語と人文主義文学」(次年度中に出版予定)を完成させた。特に学位論文の中核を成す二つの章は、本研究2年目の歴史、3年目の思想史の各テーマと直接関わるものであり、研究期間中に新たに得られた知見を有効に利用できた。歴史の分野における成果は、ジョンソンの写実主義的文学観と歴史観との一体性を確認したことである。ジョンソンは、ブルートゥス=アーサー王伝説を論駁した歴史家キャムデンを通じて、君主の威光を高めるために捏造された建国神話に否定的な見解を抱いており、歴史が事実を語らなくなった時代に、歴史家に成り代わってその役目を果たすのが文学者の使命と考えていた。また思想史の研究を通じて、アリストテレスとホラティウスの直系を自認していたジョンソンの文学論の一貫性を立証した。当時の『詩学』解釈は、「幸福な生活」の具現を人類の究極の目的とし、政治を「すべてを統合する学問(技術)」と見なすアリストテレス哲学、ならびにこの精神を文学に応用し、統治者と同等もしくはそれ以上の立場で共同体の運営を見守る詩人像を確立したホラティウスの文学観と密接に結び付いていた。『詩学』の原題“IOTAIOTAepsilonrhoiota piomicroniotaepsilontauiotakappaepsilons"(「創作について」)には、「行動する技術について」という政治学的な意味も投影されているが、ジョンソン文学における人文主義は、現代人が考えがちな純粋芸術ではなく、まして学識の誇示や煩瑣な規則によって芸術活動を束縛する狭量なものではなく、自山人が必要とするあらゆる学問を包括し、健全な国家を維持するために文字通り「行動する」原理なのであった。
|