研究成果のとりまとめは次年度以降におこないますので、以下では、今年度の研究の進捗について記します。ドイツ語圏の民俗研究にとって、ナチズム民俗学、ならびにそれへと逸脱するに至った専門学としての原理の脆弱性の克服は、戦後の学界の大課題であり、またそれが今日の展開を促したことは、申請にさいして言及しました。ドイツ民俗学界がそれに一応の終止符を打ったのは1970年の大会での宣言でしたが、その20周年を機に幾つかの企画がなされ、またその成果の多くが1991年に発表されました。本研究者は、そうした最近の情勢にも接する機会をもちました。そしてそこからも刺激を得ながら、今回の研究課題を、現代社会の動向をも射程に入れながら考察をおこなっています。たとえば、ドイツにおいて目下問題になっている外国人への敵視の風潮にたいして、民俗学者が関心をしめし、その因由の分析や、また民俗学者のかかわり方について議論がなされているのも、ナチズム民俗学の克服する過程での方法上の検討や、時事問題との取り組みの蓄積を背景にしています。それはまた外国人労働者とその家族、あるいは引き揚げや観光などの大規模な人口移動を民俗学の観点から把握する姿勢にもつながっています。これらについての部分的な紹介は、すでに今年度も、資料の翻訳やそれに付けた解説、あるいは新聞のコラムなどで試みました。特に、レ-オポルト・シュミット『オ-ストリア民俗学の歴史』(1951)は、ナチズムへの接近に陥ったドイツ民俗学の再検討を主たる課題として書かれた学史文献ですが、その翻訳(本文250頁)に、訳注(150頁)と解説(25頁)を付けるというかたちで、本研究から得た知見を活用しました。
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