1.本年度においては、これまでの研究をまとめる形で2本の論文を執筆した。本研究において新しく得た知見を中心にこれら2本の論文の内容をまとめるならば、以下のようである。 2.「国際連合における国家責任法の転換一一国家責任法の転換(二・完)一一」は、『国際法外交雑誌』第91巻4号(1992年10月)に掲載されたものである。本論文では、1949年の国際法委員会設立以後、1963年に至るまでの同委員会および総会第6委員会における討論を追うことにより、国際連合における国家責任法の法典化が、領域内で生じた外国人の損害に関する伝統的な法を対象とするものから、国によるすべての国際違法行為にかかわる法を対象とするものへと転換する過程、およびその背景を明らかにした。この転換を必然的としたのは、第2次世界大戦後の国際社会に生じた巨大な構造変化であり、このような「分裂した世界」において国家責任法の法典化を成功させるためには、諸国家の見解がしばしば厳しく対立する「一次的規則」とは切り離された、国家責任それ自体に関する「二次的規則」のみに専心することが必要と考えられたのである。 3.「一九三〇年国際法典編纂会議における国家責任法一一国家責任法転換への序曲一一」は、木棚照一・曽我英雄・薬師寺公夫編『国際経済法の現代的課題(山手治之先生還暦記念)』(仮題、東信堂、1993年刊行予定)に掲載の予定で、すでに原稿を提出したものである。国際連盟の主催になる表題の会議が、外国人の待遇に関する国際標準主義と内外人平等待遇主義の対立のために、国家責任法の法典化に失敗した事実はよく知られているが、本論文では、この会議において後の言葉を使えば「二次的規則」については相当の合意が成立し、法典化の成功のためには主題をこの問題に限定すべきだという主張がすでに登場していたことを明らかにした。
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