研究概要 |
内殻励起を伴う高速電子エネルギ-損失スペクトル(EELS)の強度を計算するための一般的な理論的公式を,藤川,Hedinの射影演算子を用いた非弾性散乱振幅の一般理論に基づいて求めた。この理論では,多体効果の大部分がエネルギ-に依存する非エルミ-ト光学ポテンシャルと固体中で減衰する三種類の電子波束に取り込まれる。すなわち,プロ-ブとしての高速電子の励起前とエネルギ-損失後の一電子関数,それと内殻から放出される「2次電子」の一電子関数及びそれらに働く光学ポテンシャルが基本的な構成要素になる。次に,光学ポテンシャルまでを含めた全ポテンシャルを各原子サイトからの寄与に分解し,全体のT行列をサイトt行列展開し,これらの散乱電子関数を計算し,干渉効果を陽に取り入れることに成功した。これによって,「2次電子」のEXAFS(あるいはXANES)ばかりでなく,プロ-ブ電子の干渉に起因するEELS強度の振動も完全に量子力学的に取り扱うことができるようになった。以上の研究経過で,光学ポテンシャルの重要性が認められたが,これを精度よく計算する方法を開発すると,EELSばかりでなくLEED,RHEED,EXAFS等の電子スペクトルの解析の信頼性が飛躍的に向上する。そこで光学ポテンシャルに対するVan Hove展開を利用し,固体の中の原子の散乱ポテンシャルを精度よく計算する方法を開発した。特に,電子・原子散乱では光学ポテンシャルが小角散乱で重要な役割を果たすことが知られているので,我々の求めた最低次の光学ポテンシャルを局所化したByronーJoachainを,角度分解X線光電子スペクトル(ARXPS)の解析へ応用した。静的ポテンシャルのみを用いたときと比べ,確かに小角散乱では実測との対応が向上していた。これらの成果は,日本物理学会欧文誌およびSurface Science等に発表した。
|