雪崩の運動の議論は、これまでその大半が雪崩を剛体もしくは連続体と仮定した上で行われてきたが、本研究では、個々の雪粒子の衝突による力の伝達と相互変位に着目するというミクロな視点(粒状体モデル)に立って雪崩の流動機構の解明を行った。まず、粒径が2.9mmの氷球を流下させるシュ-ト実験を大型低温室内で実施した。シュ-トの長さは5.4m、幅は8cmで、高速ビデオ装置を設置して氷粒子の運動を観測した。シュ-トの底面には実験に用いた氷粒子もしくはサンドペ-パ-を貼付け、粗度の変化が流れの挙動に及ぼす影響についても調査した。温度を0〜-30℃の範囲で変化させた結果では、いずれの場合もslip velocitが存在し、かつ下に凸な速度分布曲線が観測された。slip velocityの大きさやsaltation粒子の有無を含めた流れ表面の状態は、傾斜角にほか温度にも強く依存することも確認された。また画像処理システムを用いることで、氷粒子の相対的な密度分布を求めることに成功した。その結果底面近傍に、粒子径4〜5個分に相当する厚さをもった密度が小さい領域が存在すること、またその勾配が傾斜角と共に増大することも明かとなった。一方、分子動力学の分野で開発された単純せん断流の粒状体モデルを発展・改良し、シミュレ-ションを行った結果、底面付近で粒子密度が低下すること、さらには系全体の粒子密度の増加に伴って接線応力と法線応力の比つまりDynamic Frictionが減少することが明かになった。実験および計算結果から明示された底面付近での低密度領域の存在、およびDynamic Frictionの変化は、乾雪表層雪崩が大規模であるほど平坦な地形上でも高速を維持し長距離を滑走するという経験的事実を支持するほか、他の大規模崩壊現象(土石流、岩屑流、火砕流等)の流動機構との関連も深い。
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