芳香族炭化水素化合物に対する求電子置換反応は、最も基本的な有機反応のひとつであるにも関わらず、その反応機構については充分明らかでないことが多い。従来からの考え方は、芳香環と求電子剤との間に先ずpi-complexを形成し、さらにsigma型錯体を経た後、プロトンが脱離するとされており、中間に存在するこれらcomplexが反応性を支配すると説明されてきている。本研究では、量子化学的手法を用いて芳香族求電子置換反応の分子論的機構について論理的立場から考察した。 最初にベンゼンのハロゲン化におけるモデルとして、まずベンゼンと塩素分子との相互作用について解析した。ベンゼン-塩素錯体はマリケンらによる電荷移動錯体として有名であるが、その分子間相互作用のエネルギーは非常に小さい。この錯体はベンゼン環に垂直に塩素分子が配位したもので、pi-complexに対応する。 ベンゼンと塩素分子が無触媒で反応するとすれば、置換反応と共に付加反応も考えられ、それらの遷移状態を求めた結果、いずれに反応経路とも非常にエネルギー障壁が高く、実際の反応は異なった反応活性種が関与していると考えられる。そこで、求電子攻撃をする可能な反応活性種についていくつかの可能性を検討した結果、塩素カチオンそのものやプロトン化した塩素分子では反応エネルギーを説明することができなかった。実際の反応は穏和な条件下で起こっていることを考え、ヒドロニウムイオンなどを触媒とする経路を求めた結果、従来から考えられているsigma錯体に近い形の錯体ならびに遷移状態が存在することがわかった。さらに生成物に至るためには、プロトンを受け取るための受容体の存在が必要であることを示すことができた。
|