形態の定まった分子構造をもつ機能物質の創製は物質の新規な機能の追求と分子認識の概念の確立のために重要な合成化学上の課題である。天然のトリヒドロキサム酸の鉄(III)錯体形成に関連する挙動はそのような機能物質の設計に貴重なヒントを与えている。本研究では、種々の新規なペプチド性の多価ヒドロキサム酸を合成した。選択的金属錯体形成は鉄(III)やガリウム(III)の金属イオンを用いて行ない、錯体形成および錯体の性質を分子認識の観点から研究した。その結果、学術上有用な数々の知見を得ることができた。これらの概要を以下に記す。 1.アラニル-(N-ヒドロキシ)グリシル-アラニンを1単位配列として、トリス(アミノエチル)アミンに1、2、3単位それぞれ結合した三方向性のトリ、ヘキサ、ノナヒドロキサム酸を合成した。金属イオンによる錯体形成で多重イオン捕捉についての新しい知見を得た。 2.ヒスチジンを含有する分子として、アセチルヒスチジル-アラニル-β-(N-ヒドロキシ)アラニル-アラニンをトリス(アミノエチル)アミンに結合した三方向性のトリヒドロキサム酸を合成し、金属イオン錯体形成におけるイミダゾール基の関与を明らかにした。 3.アラニル-アラニル-β-(N-ヒドロキシ)アラニンを三回繰り返した配列をもつ鎖状、環状のトリヒドロキサム酸を合成し、キラルなフェリオキサミンモデルとして評価した。 4.ロイシル-アラニル-(N-ヒドロキシ)グリシル-バリンのテトラペプチドを準備し、これを用いて環状トリヒドロキサム酸のドデカペプチドを合成した。その金属イオン錯体はC_3対称性の構造であることが示唆された。上記1〜4で得られた新規なトリヒドロキサム酸は、金属イオンとの錯体形成で形態の定まった分子構造となることが明らかになった。今後の展開としてこれらのペプチド性ヒドロキサム酸の機能発現の研究が必要となっている。
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