本研究においてはプロキラルな二重結合に対して面選択的にプロトンを付加して光学活性体を創製し得る反応を開発することを目的として、その可能性を検討した。従来アルキル化については触媒的な不斉合成もいくつかの例が知られているが、プロトン化反応に関しては酵素を利用する方法があるのみである。本研究はこの様な現状に鑑み、「人工酵素」をも念頭においた研究である。 プロトンの面選択的付加により容易に光学活性ケトンを生成し得る前駆体として金属エノラ-トを基質として反応が期待どうりに進行するかどうか検討することとした。具体的基質としてはエノラ-トにおいて幾何異性体が生じ得ない2ーベンジルシクロヘキサノンからエノラ-トを調製し、金属としては用いる不斉源とのキレ-ションによる立体規制を期待してまず最初にリチウムについて検討した。プロトン供与体は次のような条件を備えていなければならない。 1)光学活性体である。 2)基質と反応点以外の箇所で相互作用し得る。 3)水との反応で容易に再生し得る。この様な性質を併せ持つプロトン化剤として、我々は種々の光学活性アルコ-ル、アミン等について検討した結果、αーヒドロキシカルボン酸エステルがよい結果を与えることが明かとなった。なかでもロイシン酸が最も高い光学収率で対応するリチウムエノラ-トから光学活性2ーベンジルシクロヘキサノンを生成した。生成物の光学純度は溶媒にも依存し、ジエチルエ-テル中ー100℃で反応を行うと83%eeであった。プロトン化反応は非常に速い反応で拡散律速とも言われるが、比較的単純な系で80%以上のエナンチオ選択性が実現できたことは、それ自体興味深く有用性のある反応ではないかと考えられるが、更に今後の分子設計に大きなヒントを与える足掛りとなるものと期待される。
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