多細胞生物における形質発現や細胞分化の分子機構を明らかにするためには遺伝子の細胞種、組織特異的な発現の調節機構を解析する必要がある。チロシナーゼはメラニン合成の鍵酵素であり、アルビノ突然変異体においてはこの酵素をコードしている遺伝子に欠損がある。チロシナーゼ遺伝子の細胞種、組織特異的発現を検討するために、すでにクローン化しているマウスチロシナーゼのCDNAとゲノムのチロシナーゼ遺伝子5′側上流領域とを融合してミニ遺伝子を構築し、アルビノマウスの受精卵に導入したところ、野生型に近い形質をあらわす個体が得られ、この実験法が遺伝子の細胞種、組織特異的発現の研究目的に適しているという確証を得た。 本研究においては系続発生上の細胞種、組織特異的遺伝子発現調節機構の成立過程を知るために、種々の脊椎動物のゲノムチロシナーゼ遺伝子から5′側上流領域をクローン化し、マウスチロシナーゼのCDNAと融合したミニ遺伝子を作製し、アルビノマウス受精卵に導入した。先づヒトチロシナーゼ遺伝子の5′側上流領域を用いた場合、その遺伝的背景から期待される野生型の形質をあらわす個体が得られ、その形質が子孫に比較的安定に伝達されるラインが樹立された。そのラインの個体で細胞レベルでの形質発現を検討したところ、メラニン合成という点では眼の色素上皮、脈絡膜および毛包色素細胞にのみ発現が観察された。しかし組織化学的ドーパ反応によってチロシナーゼが活性を検出すると、眼、毛包以外に腎臓においてもその発現が見られた。また、RT-PCR法によってチロシナーゼmRNAの存在を検出すると、広範な組織での発現が見られた。このことから、チロシナーゼ遺伝子の発現は転写段階のみでなく翻訳およびそれ以降の段階においても調節を受けているものと考えられる。現在ウズラ、スッポンの調節領域についても検討中である。
|