生体機能の発現に環境からの入力が不可欠であることは、神経回路の可塑的形成として、最近、多くの研究成果が得られている。 1981年から開始した一連のセンチニクバエを用いた、多方面からのアプローチによる視覚機能の可塑的発達のメカニズム解明によって、多くの知見を明らかにすることができた。本研究は、この一連の研究の中の物質レベルからの解明の一部である。すでに、生体アミン類とその代謝産物を高速液体クロマトグラフ(HPLC)法を用いて分析し、可塑的発達に関与することを示唆する2物質を見いだしているが、本研究課題では、タンパク質、ペプチド及び神経伝達物質の一つであるガンマ・アミノ酪酸(GABA)を、同じくHPLC法によって分析した。 その結果、脳全体に視覚経験依存性のタンパク質やペプチドが多種(12種)あることが分かり、これら物質が可塑的発達に関与しているであろうことが示唆された。又、そのうち2種の物質は、生体アミン類と異なり、むしろ視覚刺激遮断や加齢による機能低下を補償するように働いていることが分かった。 羽化後3日目から5日目の間の視葉に含まれるGABA量は、視覚経験のあったハエでは、それがなかったハエより、有意に多かった。この増量の期間は、視覚機能の形成・発現のために視覚経験が不可欠な時期であることが、すでに行動実験で知られており、その時期に一致している。 以上、今までの一連の実験結果から、視覚機能の可塑的形成と発現は、視葉におけるシナプス伝達機構の変容によることが証明されたと言えよう。
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