本年度得られた結果は次のように要約される。 1)東北日本弧の海溝側に分布する霊山玄武岩類、稲瀬火山岩類、泊火山岩類のK-Ar年代を測定し、それぞれから、15.4〜15.1Ma、16.0〜12.6Ma、15〜13Maの形成年代が得られた。2)これらと既存の年代のデータを検討した結果、東北日本弧の火山フロントの位置が、25〜22Ma、16〜13Ma、8-0Maの3つの時代で異なっていることが明らかとなった。すなわち、25〜22Maの火山フロントは、従来考えられていたように第四紀火山フロントに平行して走っているのではなく、海溝側の塩釜地域から、脊梁帯の川尻・雫石地域をへて背弧側の松前半島へいたる地帯に設定できる。一方、16-13Maの火山フロントは、第四紀火山フロントの30〜50km東側をこれとほぼ平行して走っている。約12〜9Maおよびあたりの火山岩の分布は明瞭ではないが(年代のデータが少ないため)、8〜6Maと4〜2Maの火山岩の分布の東縁は、第四紀火山フロントの位置にほぼ一致しているので、少なくともほぼ8Maあたり以降、東北日本弧の火山フロントは現在の位置に固定されていたものと考えられる。3)このような3時代の火山フロントの位置関係からすると、東北日本弧の火山フロントが22Maから16Maにかけて、北北西〜南南東方向から南北方向に移動し、さらに13Maから8Maにかけて西へ30〜50Km移動したことになる。4)この火山フロントの2回の移動のメカニズムについて考察された。すなわち、最初の移動は東北日本弧の反時計回りの回転で説明され、2回目の移動は東北日本弧下へ沈み込む太平洋プレートの傾斜角度の変化(16〜13Maの大きい傾斜角から8Ma以降の緩傾斜への変化)に起因するであろう。
|