研究概要 |
1989年,調教ザルの1頭(ジロー)が急性肺炎で死亡し,研究代表者らによりその骨格標本が調査された。この個体は11年間という長期間にわたり猿まわしの訓練をうけており,顕著な脊柱弯曲も確認されていた。Wolffの法則に述べられているように,骨は外から加えられる力により,適応的成長をおこなう。この調査は,二足性の導入によって発生した負荷に対する骨形態の変化を明らかにするものである。 腰椎前弯は,腰椎(椎体)自身の変形よりも,椎間円板とくに繊維輪の成長に影響されることが明らかになった。最も大きな負荷がかかる最尾側の腰椎には負荷によると思われる椎体の変形が認められた。一方,椎体の大きさに関してはそれほど顕著ではないものの,腹背方向に拡大する傾向が認められた。下肢骨には,力学的強度の増大,関節面サイズの成長が認められた。これらは二足性に伴う負荷に対する適応と考えられる。断面形状から計算される長骨の構造的強さは通常のニホンザルに比べきわめて大きい。骨質の厚さは厚く,髄腔は相対的に狭い。仙腸関節,股関節,膝関節などの関節面は程度の差はあるものの,いずれも通常より大きい。一般にこれらの特徴はヒトとヒト以外の霊長類を比較した際にも認められるものである。しかしながら,大腿骨体の構造的強さのパターンを検討すると,通常のニホンザルと共通性が認められ,ストライド歩行に適応したヒト独特の構造とは異なっている。これらのことから,1)増大した負荷に耐えた結果,後肢骨の強度は大きく向上した,2)二足歩行とはいえ,ニホンザルのそれとはヒトの歩行とはかなり異なった負荷をもたらす,という結論が得られた。
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