化学量論組成Tl_2Sで金属ー非金属転移を起こす溶融TlーS系についてTl_2S、Tl_4S_3、TlS、TlS_2の4つの組成の異なる試料の中性子回折実験を行い、構造因子S(Q)、対分布関数g(r)を導出し、この融体系の短範囲構造と特異な電子的性質との関連について検討した。転移組成の溶融Tl_2Sにおいて、g(r)のピ-ク位置から求めたTlーS原子間距離やTlーTlあるいはSーS距離は、Tl原子とS原子との共有結合性が少し弱くなることを除くと結晶中のそれぞれの原子間距離の平均値とほぼ等しい。4つの試料はすべて異なる結晶構造をとり、S濃度の高いもの程共有結合性に富むTlーS結合を含んでいる。TlS_2を除く3つの融体の短範囲構造は殆ど等しく、結晶Tl_4S_3や結晶TlS中のTlーS共有結合は融けてその大部分が消滅すると考えられる。結局、TlS_2を除く3つの組成の融体中には、結晶Tl_2S中に存在するTlーS結合に良く似た結合性を持ち、しかも、これより幾分イオン性に富む結合がTl原子とS原子との間に生じ、この結合が、これら3つの融体がS濃度の違いにもかかわらず一様に低い共通の電子伝導性をもつ原因となると考えられる。S濃度の最も高い溶融TlS_2のS(Q)やg(r)は他の3つの融体と異なっており、その構造の特徴はg(r)のピ-ク位置から推定される純粋な共有結合性のSーS結合の存在である。この融体の正確な導電率のデ-タは報告されていないが、この結合のために極端に低い導電率を持つと予想される。結晶中にもSーS結合のあることから、TlS_2は融けても結晶の局所構造を維持すると思われる。 TlーS系のように2つの構成元素の間に散乱ビ-ムの回折能に大差のある場合、1種類の回折実験だけで融体構造についての正確な解釈は難しい。平成4年度に実施予定のX線回折実験の結果が待たれる。
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