高選択的な触媒合成反応に達成には、触媒サイクルを組立てている各素反応毎の精緻な分子論的理解が必要不可欠な要請である。本研究では、塩化アリルとゼロ価パラジウム錯体とのパラジウム錯体との酸化的付加で起こる新奇な立体化学経路(シン付加)の合成化学的応用を展開するべく、反応論的解析を主たる研究方法とした。基質として、5ーメトキシカルボニルー2ーシクロヘキセニルクロリド(トランス体およびシス体)を用い、種々のパラジウム触媒存在下、トリブチルフェニルスズおよびトリブチルビニルスズとのクロスカップリングを行い、生成物の立体化学を高磁場NMRスペクトルの解析により決定した。反応の立体化学には、反応溶媒と助触媒として用いるオレフィン配位子の選択が重要な役割を果すことが判明した。すなわち、溶媒としてベンゼンや塩化メチレンを用い、助触媒として無水マレイン酸、ジメチルマレ-ト、ジメチルフマレ-ト、フマロニトリルなど電子吸引性の高いオレフィンを用いたときに、見かけ上、立体保持的求核置換反応を経てクロスカップリング生成物が高収率で得られる。これら溶媒、助触媒の組合せのバランスがとれなくなると反応は従来通りの立体反転的求核置換反応で進行した。例えば溶媒をアセトニトリルに変えたり、助触媒をスチレンに変えたりした場合である。基質としては、トランス異性体の方がシス異性体よりも高い立体保持率を示した。以上の結果はいずれも、上記塩化アリルとオレフィンパラジウム(0)錯体との化学量論的酸化的付加の立体化学におよぼす溶媒効果や配位子効果の傾向とほとんど一致している。本成果は反応論的基礎知見が、応用的触媒反応に巧みに生かされた例といえる。
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