酵素の活性な形は天然native(E)にはなく、変性(E')に至るまでの中間体(E^*)にある、と言う思い切った仮説を設定した。すると、反応加速の分子機構は、天然酵素の立体構造が遷移して活性な形をとる、模式E【double half arrows】E^*→E'と言うことになる。そこで、加熱ならびに近赤外線照射の技法を駆使し、実験的に酵素の構造遷移を惹起して、本研究で提唱した仮説を実証しようとした。模式から、変性の速度式は、v=k'[E^*]で表され、k'は速度定数である。E'は変性した酵素で活性を持たないから、活性な形がEであるか、E^*であるかが判定できればよい。速度式を解くと、リガンド(S)共存下で、変性の速度を観測し、vが[S]に依存して減少するなら、E^*が活性な形であり、依存しないならEであると予測された。実験では、基質は触媒作用を受けるので、遷移状態アナログのグルカノラクトンをリガンドとして用いた。熱因子(60℃、pH4.5)による酵素(グルコアミラーゼ)の変性速度vを280nmの吸収を指標として観測し、S共存の効果を調べた結果、vは[S]に対し飽和曲線に乗って減少することが知られた。また△v〜[S]プロットから求めた、リガンドー酵素複合体の解離定数Kd(3、8mM)は既報の値と略一致した。以上から、E^*が活性な酵素の形と考えてよいことになり、実験結果が仮説に矛盾しないことが知られた。 近赤外線の優れた電磁特性に着目し、照射による反応加速を試みた。まず、光源と分光器を購入し「近赤外線照射装置」を製作した。酵素α-アミラーゼとチロシナーゼについて、変性ではなく触媒活性の観測から、製作器の試験と調製を繰り返した。酵素の水解活性は加速されたが、今のところ顕著な加速効果を得る段階には至っていない。加熱に依らない反応加速には、強力な光源を用いる必要のあることが知られ、レーザの導入による照射試験と装置の改良を引き続き実施していく予定である。
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