哺乳動物においてはストレスが生殖機能に対する大きな阻害要因となっているが、ストレス、生殖機能それぞれの多様性から、その阻害作用を客観的に評価し、作用機序を解明することは容易ではない。しかし、我々は最近、多ニューロン発射活動(MUA)記録法を用いてパルス状黄体形成ホルモン(LH)分泌と同期して顕著に上昇する視床下部電気活動(MUA volley)を記録することに成功し、さらにこの神経活動が神経伝達物質阻害剤などに対し非常に明瞭な用量反応性を示すことなどから、生殖機能を評価するうえで極めて有用なパラメーターとなることを見いだした。本研究においては、多様なストレスの生体内における共通の中継物質となる腫瘍壊死因子(TNF)に着目し、そのMUA volleyおよびLH分泌に対する効果を検討し、ストレスによる生殖機能抑制機序を解明することを試みた。TNFの静脈内、あるいは脳室内投与は、ともに約1時間の潜時後、MUA volleyを抑制することが示された。さらに、多くのサイトカインの中枢作用を中継しているプロスタグランジンの合成阻害薬であるインドメタシンを前処置してTNFの投与を行なうと、末梢、中枢いずれの投与によってももはやTNFのMUAvolleyに対する抑制効果は発現しないことが示された。これらの結果は、末梢、および中枢で産生されるTNFはいずれもプロスタグランジンを介して視床下部性腺刺激ホルモンパルスジェネレーターの電気活動を抑制し、LHのパルス頻度を低下させることにより性腺機能を抑制することを示唆している。TNFは血液脳関門を透過しがたい物質であるが、末梢のTNFは血液脳関門を欠く脳室周囲器官に作用し、アストロサイトなどからのプロスタグランジン放出を誘起するものと考えられる。このように、感染などのストレス時には、免疫系細胞がサイトカインを介して積極的に生殖機能を抑制する機構が存在することが明かとなった。
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