有機燐化合物の一部に急性中毒から回復して1〜3週後に発症する特異的な神経障害を起こすものがある。症状は両側性に下肢の運動失調ではじまり、麻痺に進み次第に上行する。重症例では呼吸筋麻痺で死に致るが、その量は急性中毒における半数致死量よりもはるかに少ない。本毒性が最初に気づかれたのは、トリオルトトリル燐酸であり、1930年に合衆国で発生した大規模な中毒事故が契機となった。その後有機燐殺虫剤の中からも同じ神経毒物としてミパホックス(1951年)、レプトホス(1971年)、シアノヘンホス(1979年)が発見されいずれも生産中止となった。わが国の農林水産省は1985年に新農薬登録時に必要な毒性試験実施要領を改正し、遅発性神経毒性試験を新たに加えた。すなわちニワトリに急性中毒の際の半数致死量以上を経口投与し、アトロピン救命した後、21日間、歩行など運動神経障害の有無を観察することが義務づけられた。筆者らはニワトリに代えてウズラを本毒性検出のための実験動物として確立しようと試みている。1989年にアメリカから、経口投与よりも経皮の方がはるかに強く本毒性を発現させるという報告があった。そこでわれわれも追試を行った。まず、本毒性の陽性モデル物質とされてるトリオルトトリル燐酸を用いて、基準となる投与方法を確立することが望ましいと考える実験を繰返している。経皮投与は農林水産省が指定する現行の経口投与法よりも容易で確実な方法であることが次第に明らかになりつつある。
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