ストレスにより生成される酸素ラジカルは発癌を初めとする種々の細胞機能障害に深く関与していると考えられ、老化や老化に伴う痴呆の成因とも考えられている。酸素ラジカルを消去する機構には種々のものが知られているが、本研究ではストレス負荷時に誘導合成される、システインを多く含むメタロチオネイン(MT)に脳のラジカル消去機能があるか否かについて検討を加えた。ウイスター系雄ラット(250g)に23℃水浸拘束ストレスを加えた後、断頭屠殺し、Glowinskiらの方法に準じて脳を7分割した。MTの定量はモノクローナル抗体を用いる抗原競合法により、金属は組織を湿式灰化後フレームレス原子吸光法で定量した。脂質過酸化物は大川らの方法に準じたTBA法とHPLCを用いて脂質成分を分画後、化学発光法を用いて定量することを試みた。ストレス負荷6時間後には大脳皮質、海馬、視床下部のMT量が増加し、特に視床下部では10.53±1.20ug/g組織から21.63±0.98ug/gとほぼ2倍量となり、24時間負荷後ではほぼ負荷前の値に減少した。大脳皮質では1.80±0.30ug/gから5.12±0.45ug/gに増加した後、24時間負荷後では3.41±0.44ug/gに減少した。一方TBA法で測定した脳の過酸化物量は負荷前値0.53±0.17umoleMDA/gから負荷12時間値0.29±0.08umoleMDA/gと減少し、24時間負荷では0.53±0.03umoleMDA/gと初期値レベルに達した。HPLCを併用して化学発光法で脂質成分の過酸化物量を測定する試みは測定法に解決すべき問題を残していてその結果を議論できない。しかし、他臓器、とくに肝臓において脂質過酸化が亢進するのに対して、脳で過酸化物量の増加が抑制されるのは興味深い点である。さらにSilversulfadiazineの前投与により脳にMTを誘導合成しておくとストレス負荷時の脂質過酸化物量の上昇をより強く抑制することができたことは間接的とはいえMTがラジカル消去能を持っていることを示している。
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