研究の目的は痴呆患者における尿失禁を中心とした排尿障害の病態機序の解明と、病態機序に応じた治療法の開発である。本年度は脳血管性痴呆患者を対象として検討した。脳血管性痴呆は本邦における痴呆の最も多い原因といわれ、患者は高率に尿失禁を含めた排尿障害を有していると想定されるが、その詳細な内容はほとんど明らかにされていない。そこで、我々は千葉大学病院を受診した脳血管性痴呆患者19名に対して排尿障害についての問診と尿流動態検査を施行して、その病態機序を検討し、次いで病態機序に応じた治療を試みた。詳細な問診の結果、頻尿、尿意切迫等の刺激症状が全例に、排尿開始遅延、排尿時間延長等の閉塞症状が約6割にみられた。尿失禁は約7割にみられ、その内容は切迫性および腹圧性のものが多く、いわゆる機能性のものは少なかった。尿失禁の頻度は痴呆の程度と明らかな関係はなかった。尿流動態検査の結果、無抑制収縮が約7割に、自律性収縮が約1割に、排尿筋括約筋協調不全が約2割にみられ、排尿障害の病態機序は主に骨盤神経の核上性障害によるものと考えられた。100ml以上の残尿や尿閉を高度な排出障害とし、尿失禁を高度な蓄尿障害とすると、高度な蓄尿障害の頻度が高度な排出障害のよりも多く、痴呆の程度と排尿障害の程度とは明らかな関連はなかった。尿失禁を有するものに各種薬物や点鼻薬を使用したところ全体として約7割の症例に改善がみられ、高度な排出障害を有するものに対して薬物、経尿道的膀胱頸部切除術を使用したところ半数に改善がみられた。治療成績を総合すると、15名中9名で改善し、高度痴呆群より軽度痴呆群において治療効果は高かった。以上の治療結果は痴呆以外の疾患の排尿障害の治療結果と比較すると決して高いとはいえないが、患者の協力が十分期待できない痴呆患者の成績としてはほぼ満足すべきものと考えられる。
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