癌化は種々の要因により多段階的にDNA上の変異が生じて起こり、さらに、これらのDNA変異によりRNAおよび蛋白が異常発現して、細胞増殖、浸潤、転移能などの悪性度が増すと考えられる。したがって、肺癌の悪性度のパラメ-タ-およびその治療指針決定のため、肺癌組織におけるDNA変異の解明は極めて有意義である。本研究の初年度では、九州大学第二外科で切除された肺腺癌115例(新鮮凍結標本29例、パラフイン包埋標本86例)におけるras遺伝子の点突然変異をPCR法を用いて解析した。その結果は以下の如くである。 (1) ras遺伝子の点突然変異は18例(15.7%)に認められ、変異部位はKーrasのコドン12が15例、コドン13が2例、Nーrasのコドン61が1例であった。塩基置換は、GーTが多くかった。 (2) 点突然変異は、男性、中分化腺癌、NO症例に比較的多く認められた。 (3) 喫煙との相関は明かではなかった。 (4) 5年生存率は、変異群で49.8%、正常群で50.6%と有意差を認めなかった。しかし、治癒切除が行われ、しかもリンパ節転移陰性症例においては、変異群の5年生存率は53.3%であり、正常群の83.6%に比べ予後が有意に不良であった。 以上により、一部の肺腺癌では、ras遺伝子の点突然変異による活性化が、発癌に関与していることが示唆された。また、リンパ節転移陰性でかつ治癒切除が施行された症例において予後不良の傾向が認められたことより、ras遺伝子の点突然変異は予後指標の一つとなることが示唆された。
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