癌の発生には、遺伝子要因と環境要因とが関与し、その作用の結果、多段階的にDNA上の変異が生じ、癌化へ至たると考えられている。さらに、これらのDNA変異によりRNAおよび蛋白が異常発現して、細胞増殖、浸潤、転移能などの悪性度が増すと考えられる。本研究の初年度では、肺腺癌ではraと遺伝子の点突然変異により活性化が、発癌に関与していることが示唆された。また、その肺腺癌においては、リンパ節転移陰性でかつ治癒切除が施行された症例において予後不良の傾向が認められたことにより、肺癌組織におけるDNA変異の解明はその悪性度のパラメーターおよびその治療指針決定のため、極めて有意義であった。本年度では、九州大学第二外科で切除された非小細胞肺癌134例(新鮮凍結標本48例、パラフィン包埋標本86例)におけるras遺伝子の点突然変異、および重複癌症例におけるp53遺伝子の変異をPCR法を用いて解析した。 その結果は以下の如くである。 (1)134例中19例にras遺伝子の点突然変異を認めた。腺癌18例、大細胞癌1例であった。 (2)19例の変異群のうち、5例に重複癌の発生を認めた。同時性1例、異時性4例(肺癌先行3例、胃癌先行1例)であった。 (3)第2癌のうち例にras遺伝子の点突然変異を認め、1例は第1癌と異なる変異部位であった。いずれも気道系の癌であった。 (4)これらの重複癌においてp53遺伝子の変異は認められなかった。 以上により、非小細胞肺癌のras遺伝子変異例では、第2癌の発生頻度が比較的高いと考えられ、特に気道系の癌ではras遺伝子の変異が二次性癌発生の因子の一つと考えられた。
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