癌の発生は、癌遺伝子の活性化と癌抑制遺伝子の不活化を含む複数の遺伝子変異の集積によりもたらされるものと考えられる。この多段階的な遺伝子の異常は細胞の癌化のみならず、細胞周期の制御やアポトーシスを誘導して、細胞増殖・浸潤・転移能などの悪性化に深く関連すると考えられるようになり、癌は遺伝子の病気であるとの概念が確立されつつある。本研究では、肺癌切除組織において癌遺伝子としてras遺伝子を、また、癌抑制遺伝子としてp53遺伝子をPCR法を用いて解析した。肺腺癌115例中、ras遺伝子の点突然変異は15.7%に認められた。リンパ節転移陰性でかつ治癒切除が施行された症例においてその変異群の5年生存率は53.3%であり、正常群の83.6%に比べ予後が不良で悪性度が高かった。さらに、非小細胞性肺癌例中のp53遺伝子を検討し、その突然変異は31.6%に認められた。完全切除が行われたI期肺癌症例においてp53遺伝子変異群の3年生存率は58.5%であり、正常群の100%に比し予後は不良であった。次に、ras遺伝子変異群において二次性癌発生を調査すると、4症例に重複癌の発生を認め、同時性1例、異時性3例であった。その二次癌のうち、肺癌と気管癌の2例にras遺伝子の点突然変異を認めたが、これらの4症例においてp53遺伝子の変異は認められなかった。 以上により、ras遺伝子およびp53遺伝子の変異は、肺癌の悪性度の診断や予後の予知に関して極めて有用であるだけでなく、二次性癌の発生に深く関与していることが示唆された。近年、悪性腫瘍の分子生物学的アプローチによる解析は飛躍的に進歩している。今後は、癌の浸潤や転移にかかわる分子生物学的機構を踏まえた集学的治療的体系をより合理的に確立する必要があると考えられる。
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