最近、生物システムなどではその内部に発生するゆらぎ現象を積極的に利用している事実が次第に明らかになりつつある。生物行動のレベルにおいて例えば、ゾウリムシは内部に発生する電位のゆらぎを用いて泳ぎの方向をコントロールし、温度勾配のある環境で最適の温度の場所に集まることができる。本研究では、このような内部の自発的ゆらぎを機能的に用いて外部環境の変動に柔軟に対応できるような生物的確率システムのひとつのモデルとして、人工生物粒子(右図)を提案した。ここでは、ゆらぎ源はさまざまな行動パターンを確率的な規則に従って発生し、行動の結果にもとづく学習を通して外界に適合した行動パターンの発生頻度を漸次高めるよう、逐次再組織化される。この考え方にもとづいて、人工生物粒子の数理モデルのふたつのプロトタイプを構築した。ひとつは確率的ニューラルネットをゆらぎ源とし、上の考え方に沿って動作するものであり、もうひとつは記憶に相当する働きをニューラルネットの内部結合に担わせ、記憶装置を省略したものである。第一のモデルに関しては、与えられた温度場のなかで適切な適応行動をとることがコンピュータシミュレーションにより確かめられ、さらに、ある条件のもとで適応行動がうまくいく理論的保証が得られた。第二のモデルの環境適応原理は第一のものと若干異なるが、ゆらぎを利用する点で共通しており、つぎのように説明できる。すなわち粒子の運動は、内蔵された確率的ニューラルネットワークの出力部の興奮パターンにより制御され、ネットワークの入力部にはセンサーから得られる外部環境に関するデータが与えられる。運動の過程で、環境に対する適応度の高い入出力関係がニューラルネットの自己組織化機能により学習され、適応度の低い入出力関係は忘れ去られる。適応が完了したのち環境が急変しても、ニューラルネットの入出力関係に存在するゆらぎのなかから新しい環境に適合するものが選択され、再適応が行われる。いくつか異なった条件のもとでコンピュータシミュレーションを行った結果、上記の原理に対する裏付けとなり得る結果が得られた。このようにして、自発的内部ゆらぎを利用して、環境に適した行動様式を自ら創出できる、"開いた自律制御システム"に対する新しいモデルが構築された。
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