本研究では、放射光の利用によってはじめて可能になった、X線から紫外線にわたる広大な波長領域の単色光子の生物効果を、誘発突然変異体におけるDNA塩基配列変化に着目して解析した。そのために枯草菌から多数の突然変異体を分離してそのDNA塩基配列を調べる簡便な実験系を樹立した。この系では、各種放射線を照射された胞子から、ナリジキシン酸抵抗性の突然変異体を分離し、それぞれの菌株からDNAを抽出し、gyrA遺伝子の5〓末端の一部をポリメラーゼ連鎖反応によって増幅させ、えられたDNA断片を加熱により単鎖として、ポリアクリルアミドゲル電気泳動し、泳動パターンの比較により、タイピングする(PCR-SSCP法)。現在までに18タイプのgyrAアリルが見つかり、それぞれが特定の塩基配列変化を示した。この方法により、約950株の突然変異体の配列解析を行った。このうち8タイプは、一塩基置換であり、GC対からAT対への変化によるタイプ1とタイプ2が最も多く、これは紫外線、ガンマ線、放射光の真空紫外線、軟X線とも同様であった。約200株の放射光照射によって誘発された突然変異体で特殊なのは、残りの8タイプの二ないし三の連続した塩基対が一時に変化したものであった。このうち、カルシウム原子およびリン原子のK殻電子の共鳴吸収ピーク波長によって、タイプ14(GAAからACT)および、タイプ7(GAからAT)、8(TCからAT)、10(CAからTG)、11(TCAからGTT)、12(CAからTT)および15(TGからCA)が発見された。以上の結果から、放射光からの軟X線照射によって、細菌胞子に誘発される突然変異の大多数は、他の放射線源、ガンマ線や紫外線によるものと共通しているが、稀に連続した二および三塩基の変化を起こす事がある。これは、特にリン原子のK吸収端をふくむ長波長の軟X線領域で著しく、オジェ電子による高密度の電離による特異的なDNA損傷を示唆する。
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