教育の分類としては、しばしば家庭教育・学校教育・社会教育の3つがあげられる。今日では、子どもの成長過程にしめる影響力では、学校教育の比重が、いちじるしく高いことは周知のとおりである。もちろん他の2つが無視されてよいはずはなく、この3者がそれぞれ相互に機能しあうことによって、健全な発達が可能となる。ところで現代では、都市化の進行、共同体の崩壊などによって、社会教育は子どもの教育環境から失われてしまった。このような状況を前に、本研究では徳川時代から明治時代にかけて、子どもをとりまく地域社会の教育が如何なるものであったかを、五人組制度に着目してとらえなおすことを意図している。従来学会であまり注目されることのなかったテーマだけに、関連研究が乏しく、萌芽的研究として3年間にわたって、基本的史料や文献の収集と、このテーマの背景となる徳川社会および教育の再検討、とりわけ地域における教育機能を中心に研究をすすめてきた。調査した機関は、山梨県・長野県・新潟県・石川県・滋賀県・岐阜県・愛知県・京都府・福岡県・熊本県の各図書館・文書館・資料館である。目下収集した史料の整理・解読・分析の作業をおこなっている。研究の成果は、『学び舎の誕生』(玉川大学出版部)、「地域と教育-神奈川県を例として-」(発表予定)としてまとめ、ひきつづき学会において報告する予定である。
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