本研究は木曽ヒノキの『根上り台木』を用いて過去へ1500年ほど遡る中部山岳の標準年輪曲線を作成するとともに、この標準曲線から歴史時代の気候変動を復元することを目的としている。この年輪気候学的復元の主役をなす『根上り台木』とは、倒木の一種で、その上の例木更新した木曽ヒノキ現生木(根上り木、あるいは上木)を戴くものである。上木との重畳関係と300年前後という上木の樹齢から、これらの台木が中世を生きて、その末期から近世初期に枯死したものであることがわかる。このように遠い昔の倒木であるにもかかわらず、何故か今日に至るまで腐朽を免れ、現在なお木曽山中に散見される。 本年度は木曽山中を探索し、100本足らずの『根上り台木』を発見した。その年輪測定の結果を平均樹齢300年の木曽ヒノキ現生木の年輪広狭パタ-ンと照合して絶対年代を定めたうえ、台木と現生木の年輪曲線を繋いで西暦1177年から現在におよぶ中部山岳の標準年輪曲線を作成した。これは目下日本でもっても長くかつ年輪年代学的信頼性の高い標準曲線である。 また、この標準曲線の一部を用いて、西暦1430年から現在におよぶ中部山岳の冬季気温と夏期降水量の年次変動を復元し、中部山岳にも地球温暖化の傾向が顕著に表われていることを明らかにした。すなわち、気温については15世紀後半〜19世紀前半に現在より1.5℃ほど寒冷な低温期があったが、それ以降は現在に至るまで若干の変動を伴いながらも上昇傾向が続いていることが分かった。降水量は気温とほぼパラレルな傾向変化を示し、ヨ-ロッパの小氷期に対応する上記低温期には現在より100ミリ/年ほど少なかったものが、1800年代中葉から明らかな増加傾向に転じていることが判明した。
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