本研究は、木曽ヒノキの『根上り台木』などを用いて中世に遡る中部山岳の標準年輪曲線を作成し、これをもとに歴史時代の気侯変動を復元することを目的として行った。この年輪気侯学的復元の主役をなす『根上り台木』とは、その上に倒木更新した樹齢三百年あまりの木曽ヒノキ現生木(根上り木、あるいは上木)を戴くことから、中世を生き、中世末期から近世初期に枯死したとわかる倒木である。このように遠い昔の倒木であるにもかかわらず、何故か今日に至るまで腐朽を免れ、現在なお木曽山中に散見される。 これまでの研究で、これら根上り台木を現生木に繋いで西暦1177年から現在におよぶ中部山岳の標準年輪曲線を作成しているが、西暦1600年台の試料が少なかったので、本年度は再度木曽山中を探索して不足部分の試料を採集し、標準曲線を補強した。同時に、より古い倒木を探して標準曲線をさらに遠い過去へと延ばすことも試みたが、そうした試料が見つからず曲線の延長はかなわなかった。しかしこの二年間の研究により、わが国ではもっとも長くかつ年輪年代学的信頼性の高い標準年輪曲線を得ることができた。 また、この標準曲線を用いて、西暦1177年から現在におよぶ中部山岳の冬季気温と夏期降水量の年次変動を復元した。気温については15世紀後半〜19世紀前半に現在より1.5℃ほど寒冷な低温期があったが、それ以降は現在に至るまで若干の変動を伴いながらも明白な上昇傾向が続いていている。降水量は気温とほぼパラレルな傾向変化を示しヨーロッパの小氷期に対応する上記低温期には現在より100ミリ/年ほど少なかったものが、1800年代中葉から明らかな増加傾向に転じている。この復元気侯から中部山岳にも地球温暖化の傾向が顕著に表われていることが読み取れる。
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