木曽山中には、中世・近世に枯死したが、その後数百年の間腐朽を免れ、今日まで保存されている木曽ヒノキの倒木が散在する。これらの倒木が中近世に起源を持つものであることは、倒木更新し、現在では樹齢300年前後に達した老大木が、依然その上に鎮座していることから明らかである。本研究では、木曽山中を探索してこれら中近世の木曽ヒノキ倒木を発掘したうえ、これらを樹齢300年の木曽ヒノキ現生木の年輪曲線に繋ぎ、全体として西暦1100年代まで遡る長さ800年の標準年輪曲線を作成した。 この標準年輪曲線と過去100年間の気象観測の応答関数解析により、中部山岳における年輪成長には、第一に成長に先立つ冬季の気温が、第二に前年成長期の降水量が、支配的な影響を及ぼしていると判明した。この結果から伝達関数を用いて過去800年の気温変動を復元したところ、13世紀中葉から19世紀中葉まで続く寒冷期を挟んで、その前には顕著な寒冷化の傾向が、その後には現在まで続く温暖化の傾向が現われた。この[寒冷化→寒冷期→温暖化]という気候変動は、それぞれ『中世の温暖期』の終焉部、『小氷期』、『地球温暖化』に対応するもので、北米、ヨーロッパなどの気侯変動などともよく同調している。 また、本年輪曲線と過去の火山噴火の関係を解析したところ、南極やグリーンランドの氷床にまで硫酸降下の痕跡を残すほどの大規模な噴火の直後には、年輪成長が顕著に低落し、それが10〜20年ほど続くことが判った。この結果は、火山噴火で成層圏にまで吹き上げられた硫酸エアロゾルがその日傘効果により気候を寒冷化させるという気象学上の仮説を裏付けるものである。
|