A.電気生理学的研究 ラット脳海馬CA1領域より酵素および機械的に急性単離した錐体細胞からナトリウム電流を他のイオン電流より単離して、トリフェニル錫のナトリウム電流増大作用について検討し、以下の結果を得た。(1)神経細胞より記録された活動電位はトリフェニル錫の存在下にプラトー相が著しく延長した。これらの細胞から記録されるイオン電流の不活性化過程は著しく遅延していた。外液ナトリウムを除くと、電流は記録されなかった。また、フグ毒により完全に抑制された。(2)電流の活性化過程、不活性化過程、いずれも遅延が観察された。しかし、不活性化過程への影響が著しかった。(3)電流ー電圧曲線には影響を与えなかった。(4)定常状態不活性化曲線はトリフェニル錫の存在下に左方に移動したが、有意では無かった。(5)再活性化曲線は左方に移動し、再活性化が速まっていることが考えられた。(6)不活性化過程を遅延させるサソリ毒の存在下では、トリフェニル錫の作用は観察されなかった。すなわち、トリフェニル錫はサソリ毒の作用点であるナトリウムチャネル内の毒結合部位に作用を及ぼし、ナトリウム電流を修飾するものと考えられた。B.光化学的研究 マウスの胸腺細胞を用いて、光化学的に細胞内カルシウム濃度を測定し、トリフェニル錫の影響を観察した。(1)トリフェニル錫は低濃度から細胞内カルシウム濃度を用量依存性に増大させた。(2)細胞内カルシウムの増加は、外液カルシウムに強く依存していた。しかしながら、細胞内カルシウムにも依存する成分も観察された。(3)この作用は膜電位と関係なく、カルシウム拮抗薬でも抑制されなかった。(4)トリフェニル錫の力価はトリブチル錫より若干弱かった。これらの作用はナトリウム電流に作用する濃度以下で観察された。この作用が神経細胞でも観察されれば、その意義は大きい。
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