研究概要 |
ラット脳から酵素処理により単離した小脳顆粒細胞に蛍光プローブであるフルオ-3とフローサイトメーターを適用して,生細胞から細胞内カルシウムイオン濃度を測定した。有機錫であるトリブチル錫,トリフェニル錫は100nM程度から用量依存性に細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させた。しかしながら,トリメチル錫,トリエチル錫,ジフェニル錫,モノフェニル錫は1μM以下の濃度では細胞内カルシウムイオン濃度にはほとんど影響はなかった。トリブチル錫,トリフェニル錫の細胞内カルシウム濃度増加作用は細胞外液カルシウム濃度に強く依存していたが,細胞外カルシウム除去でも観察された。また,電位依存性カルシウムチャネル阻害薬の投与では細胞内カルシウム上昇作用は抑えることが出来なかった。さらに,マンガンイオン投与によっても細胞内カルシウムによる蛍光には影響がなかった。すなわち,これらの有機錫は神経細胞膜のカルシウム透過性を上昇させ,同時に細胞内小器官からのカルシウムの遊離させる事が考えられた。従来,トリエチル錫やトリメチル錫と較べて,トリブチル錫やトリフェニル錫は神経毒性が弱い事が考えられていたが,これらの実験から神経系に対しても影響がでる事が予想された。我々は,先にトリフェニル錫のイオンチャネルに対する影響から興奮毒性の可能性を示唆したが,この様な細胞内カルシウムに対する影響が加わることにより,さらなる興奮毒性が起こる事が考えられ,環境汚染物質としての有機錫に大きな危険性が存在する可能性が出てきた。しかし,同様な作用は神経細胞のみでなく,免疫系細胞である胸腺細胞でも観察された事から,この細胞内カルシウムイオン濃度に対する影響は神経毒性と考えるよりは細胞毒性に相当すると考えられた。
|