本年度において臨床で記録されたABR波形のうち、N3電位波形を有する破検者は4名であった。これらに対して音刺激の性状とN3電位波形との関係について検討を行ない、以下の結果が得られた。 1)音刺激の間隔を12mseから100msまで変化させたときN3電位波形は消失することはなく、また刺激間隔を25msから100msまでは振幅と潜時は変化しなかったが、12msでは潜時の延長と振幅の低下が観察された。 2)音刺激の位相(condensationとrarefaction)を変えてもN3電位の潜時は変化しなかった。 3)4kHzのclickおよび4kHz、2kHz、1kHzのtone pipで刺激したとき、N3電位波形は4kHzのclickで明瞭に記録されたが、tone pip刺激では観察されなかった。 この明からとなった知見は、音響刺激によってめまいが生じる現象、いわゆるTullio現象を説明する手段として、ハトの半器官から電気生理学的に得られた前庭誘発反応を記録したWittら(1981:1984)の結果と類似していた。このことは、N3電位が前庭誘発反応の可能性も示唆するが、まだいくつかの疑問点が存在する。その一つは動物実験の前庭誘発反応が700Hz付近の周波数を最適刺激とするのに対して、N3電位は4kHzの高周波数で出現したことである(もちろんN3電位が平均加算して得られた波形であり、実験方法の違いや神経興奮の同期性ということを充分に考慮に入れねばならないが)。またN3電位が出現した患者は検査中に自覚的なめまいを必ずしも訴えなかったことである。以上からN3電位が前庭誘発反応であるとの断定することができなかった。さらに現時点では本反応の大きな特徴の一つである低音残聴型の高度難聴者でなぜ出現するのかの解釈および説明は困難である。
|