本年度において臨床で記録されたABR波形は1例のみであった。この被験者に対しては主に音響刺激によってめまいが生じる現象、いわゆるTullio現象との関係について検討し、さらに平成3年度とあわせてN3電位を有する被験者は計5名として、これらに対して音刺激の性状とN3電位波形との関係についてデータを蓄積した。 1)強大音によって自覚的なめまいや眼振が誘発されるかについて、純音オージオメータを使用して各周波数における最大出力音圧を患側耳に負荷してENG記録を行った。その結果いずれの周波数においてもめまいを自覚せず、また眼振は記録されなかった。またTullio現象の成因の一つとして半規管の瘻孔の存在が示唆されているが、平衡機能検査の瘻孔症状検査においてもめまいを自覚せず、また眼振は記録されなった。 2)音刺激の間隔を12mseから100msまで変化させたときN3電位波形は消失することはなく、また刺激間隔を25msから100msまでは振幅と潜時は変化しなかったが、12msでは潜時の延長と振幅の低下が観察された。 3)音刺激の位相を変化させてとき、N3電位の潜時は位相がrarefactionのとき最も短縮した。次にalternation、condensationの順に潜時が延長していた。 以上の知見は、Tullio現象を説明する手段としてハトの半器官から電気生理学的に得られた前庭誘発反応を記録したWittら(1981:1984)の結果と異なり、N3電位が水平半規管からの前庭誘発反応の可能性には否定的であると考えた。9月に開催された国際聴覚医学会でこのN3電位の意義についてAran教授(France)らと討議があり、彼らは蝸牛を完全に破壊しても、蝸牛と三半規管との中間に存在する球形嚢の働きによっても誘発電位が生じることを動物実験で示し耳石器官の関与を示唆した。現時点ではヒトの耳石機能を検索する決定的な方法が確立されていないため、今後の検討課題として残された。
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