本研究は、放射線のマウス皮膚への局所反復照射を基本とし、各実験群における1回当たりの放射線量を変え、低線量に至る段階でどのように発がん率が変化するかを、マウスの生涯にわたり定量的に追跡する。このとき、放射線発がんにおいて低線量域で特に重要な問題になっている発がん閾値線量存在の有無を確認すること、さらに発がんにかかわる遺伝子群の変化を検索することを目的としている。 本年度も、当初の実験計画にしたがって実験を行なった。マウスの背部皮膚直径2cmの円内を^<90>Sr-^<90>Y線源から得られるベータ線で、週3回がんが発生するまであるいはマウスの寿命がつきるまで反復照射した。1回当たりの照射線量は、50、150、300、800cGyとし、各照射線量につきそれぞれ1群300匹(50cGy群は50匹)とした。 800cGy照射群では照射開始後245日、300cGy群では281日、150cGy群では488日に最初の発がんが見られた。その後、800cGy照射群では照射開始後444日、300cGy群では527日、150cGy群では701日に積算発がん率100%に達した。ところが50cGy群では照射開始後1284日に実験群中最後の1匹が死亡するまで、発がんは観察されなかった。ちなみにこの群の生存曲線と非照射対照照群のものには差がなく、この程度の線量ではたとえ週3回一生涯照射を続けられても、生存率に影響はないことがわかった。これらの結果は、ここで用いた反復照射という条件による放射線発がんには、従来放射線発がんには無いとされていた閾値が存在することを示している。またこれらの実験群から60個の腫瘍を得、そのうち29個についてRT-PCR、SSCP法を用いて発がん抑制遺伝子とされているp53遺伝子の変異を調べ、変異があると思われるものを選びDNAの配列を検索した。を行った。そのうち1例で点突然変異、3例でデリーション、1例でインサーションがみられており、放射線誘発腫瘍には今までに報告されていない特異的なタイプの変異が起こっていることがわかった。 本年度でこの実験は終了となるが、目的としていた放射線発がんにおける閾値線量の有無の問題に関しては、反復照射による発がんで閾値が存在することを見いだした。また放射線誘発腫瘍の発がん関連遺伝子異常の検索に関しては、発がん抑制遺伝子であるp53遺伝子に放射線特異的な変異を見いだし当初の研究目的を達成できた。
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