原子炉は出力が上がると熱水力学的フィードバックが働くシステムである。本研究にて、このフィールドバックシステムを記述する伝達関数表現の数理構造を炉雑音解析の立場から解明した。昨年度に続き、開ループ伝達関数と閉ループ伝達関数との関係式を活用して開ループ伝達関数を推定する手法の確立を試みた。つまり、開ループ伝達関数が全システムの次数保存条件を満たす時、相関関数を要素とするハンケル行列の特異値分解を利用することにより、このフィードバックシステムの同定手法の基礎式たるイノベーションモデルが時系列データより得られるとわかった。このイノベーションモデルの表現を理解する上で、行列リカッチ方程式が大切な働きをしていた。この非線形行列方程式を数値的に解くうちに、簡単な特解が存在するとわかった。そこでこの特解が安定に存在するための条件を調ベると、システムの零点が安定であればよいとわかった。安定な零点とは、制御にて零点の可逆性として知られ、またこの性質は最小位相性として呼ばれている。上述の手法を用いると、原子炉が最小位相性を持つ場合には、リカッチ方程式は簡単な安定特解を持ち、雑音源の開ループ伝達関数は定められないが、状態変数間の開ループ伝達関数は同定可能となるとわかった。一方、最小位相性を持たない場合には、フィードバックシステムは相関関数から見れば別の等価ループが発生し、この等価ループが開ループ伝達関数の同定上の困難を生じさせているとわかった。次年度にて、この新しい知見を具体的に原子炉へ適用してみること、自己回帰モデルを用いた従来の手法の再検討すること、さらに、オンライン同定手法の適応上の注意点を明確にすることが必要である。
|