炉雑音をシステム同定に利用する上で、イノベーションモデルを組織的に調べることが必要となる。相関関数を要素とするハンケル行列の特異値分解を利用して、数値イノベーションモデルの係数行列を決め、このイノベーションモデルの表現における保存量である極と零点に関する数理的性質の解明を行った。イノベーションモデルの零点に測定上避けられない観測雑音が及ぼす影響について調べ、零点の性質をルールの形にまとめた。 フィードバックループを記述する開ループ伝達関数と数値イノベーションモデルの閉ループ伝達関数との間の関係式を活用することにより開ループ伝達関数の同定手法の確立を試みた。両伝達関数はこの関係式で互いに変換されるが、この関係式は非線形変換であるために極と零点の数は一般には保存されず、無条件では同定モデルに極と零点の打ち消しが生じ、最小実現のモデルにならないことがあると分かった。そこで、全体のモデル次数がこの変換において保存するために必要となる条件を明らかにし、この条件下で開ループ伝達関数を推定する手法を開発した。 以上の研究を進めた結果、予想しなかった副産物として、イノベーションモデルに付随したリカッチ方程式の簡単な特解があるということを知った。この特解が安定に存在するにはシステムの零点が安定であればよい。(この性質は最小位相性として呼ばれている。)原子炉が最小位相性を持つ場合には、リカッチ方程式は簡単な安定特解を持つこと、状態変数間の開ループ伝達関数は同定可能となることが分かった。一方、最小位相性を持たない場合にはフィードバックシステムに別のフィードバックループが発生し、この付加ループが開ループ伝達関数の同定上の困難を生じさせていると分かった。上述の解析において、イノベーションモデルには表現上の一意性がないので、各種のイノベーションモデルの対応関係を明らかにした。
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