本研究では、心理物理実験の反応時間を、刺激の脳内表現とその操作という観点から考え、その定量的なモデルを構築することを目的とした。例えばメンタルロ-テ-ションの反応時間は、二つの刺激の回転角度に比例して増加する。これは二つの刺激の間の角度のずれを補正する動作がゆっくりしたものであり、その脳内過程が反応時間として測定されていると考えられる。このような過程を調べるため、本研究では二つのモデルを考えた。一つは、視覚刺激の提示から反応が得られるまでの時間の脳内での信号処理の過程を階層的な連想記憶と考え、練習(学習・記憶)の回数とともに反応時間が短縮していく過程をモデル化した。そして簡単な心理物理実験を行ない、その結果とモデルの計算機シミュレ-ションの結果がほぼ一致することを確認した。ただし、その際に生理学的なシナプス変化の時定数に相当するパラメ-タが測定されるが、その生理的な妥当性の検討はこれからである。もう一つは、脳内での図形のマッチングのプロセスのモデル化とその数学的な理論の構築である。心理物理実験では、二つの図形のマッチングはその二つの形の違いが大きいほど反応時間が長くなることが知られている。本モデルは、その変形した図形のマッチングを図形の変形のプロセスと解釈し、そのニュ-ラルネットワ-ク上での実現と理論化を行なった。このモデルと理論では、図形は局所的な特徴の集合として表現され、その個々の特徴を移動させることで任意の変形を実現している。またその移動は確率過程として表現され、状態遷移マトリクスを操作することが図形の表現に対する操作であると規定した。これらの研究により、人間の視覚認識の脳内過程の計算理論のとっかかりができたと考える。今後は、より現実的な実験パラダイムに対して適用可能なモデル・理論を構築していく必要がある。
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