音楽演奏における多様な演奏表現を比較的少数の規則によって生成することと、これによって生成された演奏が主観的にどのように聴収されるかを記述するという問題は、音感性情報科学の重要な問題と考えられる。 本研究はピアノ音楽について、実演奏の物理量を分析するソフトウェア、ならびに提案した演奏モデルの概念に基づくピアノ自動演奏系を用いて、演奏表現の物理量とその印象評価の関係を実験的に検討することを目的としたものであり、次の研究成果が得られた:(1)演奏意図の演奏モデルによる実現と主観的評価との対応関係の実験的検討(音響学会論文誌論文)、(2)ペダリングと演奏音質との関係の分析、とくに演奏の個人差に関する問題(ストックホルム音楽音響会議発表)、(3)演奏の物理的な速度と心理的な速度感との関係、とくにインテンポ感の問題(第3回国際音楽知覚認知会議発表(予定))、および(4)自動演奏系によりさまざまなスタイルで演奏されたピアノ音楽音のもつ物理的特性とその演奏法との関係の考察(第14回国際音響学会議発表)。 これらはいずれも、演奏表現の定量的分析という基本的な枠組みに沿ったものであって、前3者はそれぞれが演奏表現の物理量と印象評価との対応を具体的に示したというだけでなく、そのような問題を扱うための新しい分析方法を提案したという点でオリジナルな成果である。後1者はそれ自身で完結した研究ではなく、今後音場(コンサートホール等)における最適な演奏者とそのための演奏法を研究するための基礎を与える点に意味を持つ。
|