人は科学教育を受けても簡単に日常的理解を脱しないことが示され日常的理解の研究が急務となっている。本研究は日常的な運動力学と生物学に焦点を当て、それらが対象の動きの知覚と深い関連を持つことを示した。 具体的には次のような実験を行い、以下の知見を得た。 1.動きの知覚と運動力学:computer monitor上に速度、加速度、方向の異なる1光点の運動を発生させ、各運動パタ-ンについて大人に力の関与(1:力が働いている(a:対象自体の力、b:対象以外の力)、2:力が働いていない)や動きのコントロ-ルの関与を評定させた。その結果、水平方向の運動は概して力やコントロ-ルの関与があると知覚され、垂直方向(下向き)の運動は関与がない自然運動と知覚された。この結果は物理学の初心者が抱く「物体の静止時には力は働いておらず、運動時には働いている」という誤信や慣性質量と重力質量が未分化であることとよく呼応し、日常的な運動力学のベ-スに物体の動きの知覚があることが示された。 2.動きの知覚と生物学:昆虫やネズミの移動、ボ-ルや枯葉の動きを暗い画面上に(1)1光点で(2)頭尾を表わす直線で再現した。また(3)馬、人などの走行時の身体運動とそれらと同形の操り人形の動きを、関節を示す数個の光点の動きによって再現した。各運動パタンについて力の関与、生き物らしさを評定させた結果、どの表示でも大人は生き物かどうかを簡単に見抜くことがわかった。また(2)で全体的な移動の軌跡を変更せずに知覚活動を表わす頭尾の小刻みな動きだけを鏡映像の動きに変えたり、(3)で後足の動きだけを後向きに変えたりすると生き物の印象が消失することから、生き物性の情報の一部は動きの繰り込み構造の各レベル間の関係にあることがわかった。本研究は、生物理解においても学校的な知識以前に日常的理解があること、それが対象の動きの知覚をベ-スとしていることが明らかにしたのである。
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