正常な内皮細胞では血液凝固を抑制する因子を発現して血液の凝固を抑制し、血栓の発症を制御している。内皮細胞の膜表面に発現しているトロンボモジュリン(TM)はトロンビンと複合体を形成し、トロンビンが持つフィブリン形成能、血小板凝集能、そして血液凝固VおよびVIII因子に対する活性化能などの血液凝固を促進する機能を阻害し、加えて、その複合体にはプロテインC活性化能が誘導され、トロンビンの産生をも抑制する。すなわちTMはトロンビンの血液凝固能を抗凝固能に変えてしまう血液凝固抑制因子である。TMの上記のような作用および役割は純化精製したTM標品を用いた研究から導かれた示唆であり、実際の内皮細胞上で上記の様な作用および役割を果しているか、否かは明かでなく推測の域を出ていなかった。 本研究では1.培養ヒト血管内皮細胞上のTMもトロンビンと複合体を形成し、プロテインC活性化能を示すこと、2.内皮細胞膜上でのTMのプロテインC活性化能は純化精製されたTMより1分子当りに換算して約10倍も高いことが観察され、内皮細胞膜上のTMは精製TMで考えられていたより強い抗凝固機能を持つことが明かになった。さらに、3.内皮細胞が腫瘍壊死因子(TNF)やインターロイキン-1などにさらされると、内皮細胞でのTM遺伝子の転写レベルが下がり、その産生は低下し、内皮細胞膜上でのプロテインC活性化能も低下すること、4.レチノイン酸(ビタミンA酸)にさらされると逆に遺伝子の転写レベルが高まり産生は増加し、プロテインC活性化能も高まること、さらに5.レチノイン酸はTNF処理で低下したTM産生を正常レベルまで回復させることが明かになり、悪性腫瘍時や炎症時に血栓症が発症しやすいことの一つの原因をTM発現の低下にあることを指摘した。また、上記疾患に於ける血栓発症を防ぐ糸口をレチノイン酸が切り開く可能性を提示した。
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