中枢神経系の複雑なネットワークを構成する多種多様な神経細胞は、通常、分裂能を持つ前駆細胞から生じる。ショウジョウバエの腹部神経節の場合、神経芽細胞から不等分裂で生じた神経母細胞が一度だけ分裂して、一対の神経細胞となる。ショウジョウバエの中枢神経系はこの様に比較的単純な細胞分裂パターンをたどりながら分化するため、神経発生の解析に適当な材料を提供する。 我々は中枢神経系の基本的な発生プロセスにかかわる遣伝子を見つけるために、エンハンサートラップ法を用いて致死系統約200を樹立した。そのなかから。神経前駆細胞で発現し、しかも正常な神経発生に必須な遣伝子として同定したのがprospero遺伝子(pros)である。pros遣伝子は発生過程の中枢神経細胞の形質を決める幾つかの遣伝子の発現に必要であることが見いだされている。 pros遣伝子、及び、その完全長cDNAのクローニングを行い。遣伝子産物の構造を解析した。その結果、prosperoタンパクは1403アミノ酸からなり、核移行シグナルとhomeodomain様の配列を持つことが明らかになった。予想されるアミノ酸配列の一部に対する抗体を作成し、pros遣伝子産物のembryoでの発現をしらべたところ、蛋白の発現は2次前駆細胞である神経母細胞と特定のグリア細胞に限定され、神経細胞に分裂すると速やかに消失することが解った。さらに、pros遣伝子の転写は神経芽細胞より始まるため、翻訳レベルで蛋白の発現調節がおこなわれていると考えられる。pros遣伝子は神経細胞の系譜はで、すベての神経母細胞で発現し、他の遣伝子発現を正、または、負に調節する。このように、prospero遣伝子は、謂わば、“神経母細胞遣伝子"とも呼べる新しいクラスの分化調節因子であることがあきらかになった。
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